姶良郡蒲生町北集落に伝わります「北太鼓踊り」(町指定無形民俗文化財)について、保存会の吉村正人様にお聞きすることができました。
 先日、7月16日付ブログで書きましたが、蒲生町では、現在 下久徳太鼓踊り・北太鼓踊りと川東太鼓踊りの三地区で保存会が設けられおり、太鼓踊りが継承されています。その中でも書きましたが、蒲生町太鼓踊りは、約400年の歴史をもつ太鼓踊りです。加治木町・姶良町・蒲生町(かもうちょう)には、踊り形と同様に同じ由来をもつ太鼓踊りが伝承されています。
 太鼓踊りには流行病を鎮める効験があり、踊りの勇壮さが士気を鼓舞することから、征韓の凱旋踊りにしたいと考えていた島津義弘公が、慶長13年(1608)に加治木館の東北大樹寺で家臣に踊らせたのが最初とされ、やがて隣村の加治木西別府・帖佐・重富・蒲生・溝辺などに伝えられていったものとされます。
 明治初年来、蒲生では旧暦7月21日に蒲生八幡神社へ奉納されました。現在では、毎年8月21日に下久徳・川東・北の3地区で太鼓踊りを公開しています。この太鼓踊りの公開は、夏の恒例行事として地域に定着しています。平成16年7月20日、蒲生町無形民俗文化財に指定されました。
 太鼓踊り連には、子供から大人まで参加しており、総指揮者となるホタ振り(1〜2人)、陣羽織姿の鉦打ち(4〜6人)、白装束の太鼓打ち(20数人)で編成されますが、町内3地区保存会ごとの構成と扮装には若干の違いがみられます。
 〔道太鼓・ミチデコ〕各保存会ごとにホタ振りを先頭にして、中央に鉦打ちが横列に並ぶ。その両側には太鼓打ちが縦列となり、頭太鼓3名が後攻めとして進行する。
 〔案内太鼓・アンネデコ〕道太鼓で蒲生八幡神社に到着すると、披露順に従い庭踊りの開始となる寄せ太鼓として案内太鼓を踊る。
 〔庭踊り・ニワオドィ〕案内太鼓が終わると、先頭から順に庭踊りを披露する。総勢がホタ振りと鉦打ちを中心にして、社前を正面にして左右前方に頭太鼓3名を置いて半円形となり、庭入りの楽から頭太鼓が駆け出して庭踊りとなる。入り鉦を交えて三仕切り踊った後は、最初の隊形となり弓庭踊りとなる。各保存会は、この弓庭踊りが最終演技として、全力を投じて華々しく演じ最後を仕切る。
以上このような内容で踊られます。
 現在、各保存会では異年齢間における継承態勢を確立して、後継者となるべき人材育成を図りながら、郷土芸能の発展的な伝承活動に務めています。
 今回、詳しい資料とお話をして頂きました吉村さんには、本当にありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
 (写真は蒲生町太鼓踊りの「北太鼓踊り」と蒲生八幡神社です)
                       
                       

扇寿堂
                      senjudou

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